Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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EMD2

roppongi1

2004.10
「いじめによるPTSD」事例に対するEMDR治療――
シングル・システム・デザインの応用による効果測定における問題点
(Modified Version)

本論の構成について以下に述べる。まず初めに、本論においてシングル・システム・デザインの応用を考える「自分が現在行っているソーシャルワーク実践」の具体的な事例についてその概要を記述し、事例のアセスメントを行う。アセスメントの枠組は、以下のように設定する。(1)ターゲットとなるクライエント・システム(2)介入の対象とすべき問題 (3)介入目標(4)介入目標の達成基準、以上である。(注1) 次に、上記アセスメントの枠組を前提とした上で、本事例に対してシングル・システム・デザインがどのように応用できるか、また、応用にどのような問題点があるかを論じる。
本事例の概要及びアセスメント

1.事例の概要

A子は通信制高校を卒業後、*年*月に**大学に入学したが、授業が*月半ばに開始してほどなくして欠席が続くようになった。電話で事情を聞くと、クラスのメンバーとのコミュニケーション上の問題があり、もう行きたくないとのことであった。本人は小学校時代よりしばしばいじめに遭い、中学入学後いじめが原因で不登校になった。その後高校に入学したがここでもいじめに遭い、一年後に中退した。その後通信制の高校に再入学し卒業した。しかし、入学後クラスの他のメンバーとコミュニケーション上の不具合を経験し、クラスの他のメンバーと上手くやっていけそうにないという。本人の話によると、本人はかつての主治医から「いじめによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)」の診断を受けているが、現在では通院していない。担任は、これまで本人との電話連絡・面談を何度か継続的に行ってきたが、夏期休暇に入って以降本人との連絡は不通であった。また、ようやく*月*日に本人と電話で連絡が取れ、面談を行うことを確認したが、本人は予定日に事前の連絡なく来校しなかった。

2.事例のアセスメント 

(1) ターゲットとなるクライエント・システム(クライエント)

本論では、ターゲットとなるクライエント・システム(クライエント)として、A子を選択する。

(2)介入の対象とすべき問題

クライエントの言葉及びこれまでの観察から、過去において継続的に受けた「いじめによるPTSD」の症状として、クラスの他のメンバーとのコミュニケーションに問題を引き起こしているといえる。クライエントは、今後学校において過去と同様の外傷的経験をするのではないかという恐れと不安感が極めて強いと述べている。これが、学校という人間関係の場に入っていくことへの障害となっている(PTSDの「回避」症状)。実際に、面談の中で過去の外傷的な経験を生々しく想起するときに、瞬時に大粒の涙を流すといったPTSDの「再演(最体験)」の症状を呈している。PTSDの主要な症状は、要約すれば「再演」、「回避」、「過覚醒」であるが、(注2) クライエント自身の言葉と上述の観察事実から、クライエントがPTSDであると考えることには妥当性がある。また、反応性愛着障害(RAD)や双極性障害(BD)との重複も考えられるが(注3)、本論では、PTSDに論の焦点を絞る。従って、本事例における介入の対象とすべき問題は、「いじめによるPTSD」である。 

(2) 介入目標

現在、PTSD治療に対してその有効性が実証されつつある治療法として、「EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)」(眼球運動による脱感作と再処理)(注4)が存在する。そこで、クライエントに対してEMDRによるPTSD治療が可能なライセンス保持者(注5)を確保し、クライエントの同意を得た上で、クライエントに対する「継続的なEMDR治療を行う契約」を結ぶ。その上で、クライエントに対して週に1回月4回のEMDR治療を実施することにより、クライエントのPTSD症状を軽減することを目標とする。

(4) 介入目標の達成基準

クライエントに対する上記のEMDR治療により、クライエントのPTSD症状が軽減されることで達成されたとする。測定・評価の尺度としては、「出来事インパクト尺度 改訂版」(日本語版東京都精神医学総合研究所)(注6)を使用する。

3.本事例に対するシングル・システム・デザインの応用

 本事例では、クライエントのPTSD症状軽減に対するEMDR治療の有効性の測定・評価として、シングル・システム・デザインの応用を行うものとしている。その際、上記聴取の時点以後短期の間にクライエントのPTSD診断をDSM-4-TRによって行い、同時に治療者が「出来事インパクト尺度 改訂版」の質問紙を使用したインタビューをクライエントにするという形で測定を行う。

ベースラインの設定は以下のように行う。上記第1回目の「出来事インパクト尺度」による測定以後、一週間に1回計3回の同一尺度による測定を行い、これら計4回の点数の推移をベースラインとする。

4回目の測定から1週間後に第1回のEMDR治療を行い、その直後に治療者が上記尺度により測定する。以後第1回目を含めて計4回のEMDR治療を実施し、各回の治療直後に上記尺度により測定する。また、第4回目のEMDR治療実施から一週間後に上記尺度による測定を行う。

次に、シングル・システム・デザインはABデザインを採用し、基礎線期A=第1回目の介入前1ヶ月間、介入期B=第1回目の治療開始時から一ヶ月間とする。その際、上述のように、第4回目のEMDR治療実施から一週間後に上記尺度による測定を行い、これら計5回の点数を測定しその推移を評価する。

4.本事例に対するシングル・システム・デザインの応用における問題点

次に、上記シングル・システム・デザインの応用における問題点について述べる。本事例においては、クライエントに対して実際にEMDR治療を行う者(クライエントに対する「継続的なEMDR治療を行う契約」を結ぶ者)が、治療直後に「出来事インパクト尺度」を用いてその効果を測定するという間接的な介入方法を取っている。本事例へのシングル・システム・デザインの応用によるEMDR治療効果の効果測定としては、治療直後に治療者が実施する場合と治療者以外の者が測定・評価する場合とのどちらがより客観的で正確な結果が得られるのか必ずしも明確ではない。従って、可能なら治療空間以外の場における治療者以外の者による測定・評価も同時に行い両者の結果を付き合わせることが望ましい。しかし、本事例においては、クライエントが学校という場(あるいはそれを連想させる場)への強い回避症状を示しているためこの条件を充足することができないという問題点が存在する。

また、より広く社会的には、EMDRのライセンス取得条件の枠組みがかなり限定されているため、ライセンスを持ち自身の治療効果が測定・実証された多数の治療経験を持つ専門的援助技術者が極めて少ないという問題点がある。


【注】

(注1) なお、本事例において、アセスメントし介入すべき主たる対象を「クライ

エント・システム」(本論では以下「クライエント」と表記)と呼ぶ。また、本論において

採用するアセスメントの枠組は、東京福祉大学において行われたヘネシー澄子教授による

大学院社会福祉学研究科通信教育課程スクーリング「社会福祉援助技術演習」における事

例のアセスメント演習で使用されたものを参照している。

(注2) 『DSM-4-TR精神疾患の分類と診断の手引』アメリカ精神医学会

医学書院 2003年 参照。

(注3) また、反応性愛着障害(RAD)や双極性障害(BD)との重複も考えられるが、本論では、PTSDに論の焦点を絞る。双極性障害・反応性愛着障害・注意欠陥多動性障害の詳細な診断・鑑別基準については、以下を参照。

Alton,John F.Correlation between Childhood Bipolar1 Disorder and Reactive Attachment Disorder,Disinhibited Type.in T.M.Levy(ed.) Handbook of Attachment interventions, San Diego:Academic Press,2000.(pp237-240)

(注4) 『EMDR 外傷記憶を処理する心理療法』フランシーヌ・シャピロ著

ニ瓶社 2004年、『EMDR症例集』崎尾英子編星和書店 2003年 を参照。

(注5)EMDRのライセンスの詳細については、『EMDR症例集』崎尾英子編 星和書店 2003年のp.225-236を参照。なお、スクールカウンセラーは、力動精神医学を基盤としたオーソドックスな精神分析療法を行っている。本事例のクライエントに対する治療は行われていない。オーソドックスな精神分析療法は主として大脳皮質言語野に働きかけるが、PTSD治療の効果には限界があると考えられている。これに対して、EMDRは主として海馬及び扁桃核を中心とした大脳辺縁系における情動的・感覚的記憶等の情報の再処理過程を再活性化させる。また、シャピロ自身が強調しているように、EMDRは、それ自身が他の複数の方法を統合的に組み合わせた治療法である。従って、本事例においては、スクールカウンセラーによる治療というファクターは介入方法から排除する。EMDRと他の精神療法との関連については、前掲書『EMDR 外傷記憶を処理する心理療法』フランシーヌ・シャピロ著ニ瓶社 2004年、『EMDR症例集』崎尾英子編 星和書店 2003年及び『トラウマティック・ストレス PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』べセル A・ヴァン・デア・コルク他著 誠信書房2003年を参照。なお、シャピロは、EMDRの主たる特徴に関して以下のように述べている。
「ひどい心的外傷を経験すると、神経伝達物質やアドレナリンなどの変化によっ
て神経系統のアンバランスが生じるようである。このアンバランスのため生体シ
ステムは機能を果たすことができなくなり、その出来事の際のイメージ・音・感情
や身体感覚を含む情報は神経学的に混乱した状態のまま維持される。従って、ス
トレスに満ちた、興奮状態の形で保存されたもともとの情報は、内界や外界から
のさまざまな刺激が引き金になり続け、悪夢やフラッシュバック、侵入的思考など
の、PTSDの陽性症状として表出される。仮説として、EMDRに使用される眼球運動(あるいは代替刺激)は情報処理システムを賦活する生理的メカニズムを作動させる、と考えられる」(『EMDR 外傷記憶を処理する心理療法』p.35-36.

(注6)Weiss,D.S.&Marmar C.R.:The Impact of Event Scale-Revised.

in:Wilson,J.P.,Keane,T.M. eds.,Assessing Psychological trauma and PTSD ,The Guilford Press, New York, pp.399-4111,1997なお、合計得点が24点以上がPTSDと診断される。


【主要参考文献】

『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチー』 

平山尚他著 ミネルヴァ書房 2001年

『ソーシャルワーク実践の評価方法 シングル・システム・デザインによる理論と技術』平山尚他著 中央法規出版 2002年

『ソーシャルワーカーのための社会福祉調査法』

平山尚他著 ミネルヴァ書房 2003年

『EMDR 外傷記憶を処理する心理療法』フランシーヌ・シャピロ著

ニ瓶社 2004年

『トラウマティック・ストレス PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』べセル A・ヴァン・デア・コルク他著 誠信書房2003年

『EMDR症例集』崎尾英子編 星和書店 2003年

『課題中心ケースワーク』W.ライド/Lエプスタイン著 誠信書房 1979年

『エコロジカルソーシャルワーク』カレル・ジャーメイン他著 学苑社1992年

『課題中心ソーシャルワーク』マーク・ドエル/ピーター・マーシュ著

中央法規2002年

『ソーシャル・ケースワークー問題解決の過程』H.H.パールマン著

全国社会福祉協議会 1967年

『徴候・記憶・外傷』中井久夫著みすず書房2004年

『心的外傷と回復』ジュディス L・ハーマン著 みすず書房1999年

『治療論からみた退行―基底欠損の精神分析』マイクル・バリント著

みすず書房1999年

『子どものトラウマ』西澤哲著講談社 1997年

『境界例の精神療法』福島章編金剛出版1992年

『心の傷を癒すということ』安克昌著角川書店 2001年

『追補精神科診断面接のコツ』神田橋條冶著 岩崎学術出版 1995年

『「家族」という名の孤独』斉藤学著 講談社 2001年

『リバーマン 実践的精神科リハビリテーション』R.P.リバーマン著 

創造出版1999年

『心的トラウマの理解とケア』

 厚生労働省 精神神経疾患研究委託費外傷ストレス関連障害の病態と治療ガイドラインに関する研究班編 じほう 2001年.

『心の臨床家のための必携精神医学ハンドブック』

小此木啓吾他編著 創元社 1998年

『新版精神医学事典』加藤正明他編弘文堂 1993年

『DSM-4-TR精神疾患の分類と診断の手引』アメリカ精神医学会

医学書院 2003年

Alton,John F.Correlation between Childhood Bipolar1 Disorder and Reactive Attachment Disorder,Disinhibited Type.in T.M.Levy(ed.) Handbook of Attachment interventions, San Diego:Academic Press,2000.(pp237-240)

William J.Reid & Anne E.Fortune.The Task-Centered Model in A.Roberts and G.Greene,Social Workers’Desk Reference,Oxford U.Press.2002,101-104.

William J.Reid & Anne E.Fortune.The Task-Centered Model in A.Roberts and G.Greene,Social Workers’Desk Reference,Oxford U.Press.2002,101-104.

*「精神医学」・「精神療法」等の雑誌掲載論文は省略した。


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